そこは無趣味と答えた方がよくないか

年末年始用にと、妻が図書館で借りてきた本の中の1冊に、内館牧子の「今度生まれたら」があった。直後に作者の訃報に接し、どういう巡りあわせだろうと驚いたものだった。そんな作品をけらけら笑いながら読んでいる妻を見て、このところ殺伐とした殺人事件ばかり読んでいたぼくも、ふと読んでみる気になった。

主人公はぼくらと同世代の既婚女性。これからの時間、老後といいかえてもいいが、それをどう過ごすか思案している。そして思う。シニアには趣味をあてがっておけばいいという風潮が嫌だと。

ここでぼくはかちんときた。趣味はあてがわれるものではない。気がついたらそこにあるのだ。好きなことを、やりたいことを、続けた結果が趣味と呼ばれるものになっているのだ。探して見つけるものでもない。

しかし、主人公はさらに言う。その趣味は、今から始めてモノになるのか。なにかの役に立つのか。なんだそれは。なにを言っているんだ、こいつは。趣味にそういう観点を持ちこむんじゃない。

没頭し続けた結果、その道の専門家として重宝されることがあるかもしれない。なにかの、あるいは誰かの役に立つことだってあるかもしれない。ギャラが発生することも、それが本業になってしまうこともないとはいえない。だが、それはあくまでも結果だ。始める前から趣味をそんな目で見てはいけない。

と、相容れない価値観を持つ主人公にいらいらしながら読んだ作品ではあったが、おもしろくなかったかといえばそうでもないので、これは作者の術中にはまったともいえよう。松坂慶子主演で、テレビドラマ化もされたらしい。

というわけで、趣味ついて少しく考えてみる機会になった。気がついてみると、ぼくは職場で2番めに古い存在になっており、新人が入ってくるたび、話の接ぎ穂として趣味を尋ねたりもする。無趣味だとの返答に、話が終わってしまうこともないではないが。

ここで、訊くばかりで訊き返されることがないぼくの趣味はといえば、そうさなぁ、まず音楽? パソコン? 韓国語? 写真? よさこい? このあたりは趣味といってもいいかもしれない。いや、よさこいはまだ早いか。映画については、ちょっと好きなだけで趣味というのはおこがましい。年間3桁観てから言えと思ってしまう。

音楽は最も古く、長く続いている趣味だ。演奏や制作からは遠ざかって久しいが、聴くのと語るのは今でも好きだ。ただ、その対象は変遷している。ポップスからロック。ここはまぁ妥当。その後、ワールドミュージック。台湾、香港、その他中華圏、ケルト、タイ、アラブ、そして韓国。近年は、ほぼナッシュビルとタイ。語る相手がいなくて困ってはいる。

パソコンについては、ドライブの中身がすっきりしていないと気持ちが悪いクチである。家の中は乱雑であるくせに。フリーウェアをあれこれ試し、カスタマイズするのも好きだ。OSの進化で動かなくなった名ソフトの、後継とか代替とか。

韓国語は、独学で1年、習い始めて15年。ずっと同じ師に就いている。個人レッスンは女性しか採らないという韓国人女性教師に、まるこめさんだったらOKというお墨付きもいただいた。韓国ドラマで、字幕がなくてもわかるシーンが増えてきたのがうれしい。

写真は、撮るのと加工するのは大好きだが、語る気も語られる気もない。カメラ自体にはたいして関心を持っていない。モノにならない、役に立たないの一番手の自覚がある。でもなー、小田原えっさホイおどりのフォトコンテストに応募したら、佳作に入ったで。横浜よさこいのフォトコンは落ちたけど。

てなもんで、写真は今やよさこいとカップリング。カメラなしによさこい見るのはちょっとつらい。よさこい見るなら、踊り子さんの輝く姿を切り取りたい。踊り子さんが喜んでくれる写真を撮りたい。そして、チームや踊り子さん自身に「いいね」されたりフォローされた日には、ぴょんぴょん跳ねていたりするのだ。

とまれ、趣味を尋ねられたらこれだけのことを語ってしまうぼくであるが、さして親しくもない人相手に長々と喋るのは気が引ける。なので、そういう人から訊かれた際は、とりあえず無趣味と答えておいた方がいいような気も、ここまで書いてちょっとしてきた。

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