って、おい。そんなタイトルいつ決まった。
ま、そのへんは適当に流して。
最初の1枚は、80年に大阪、御堂会館で開催されたPANTA & HALのもの。写っているのはHALの4人。肝心のPANTはというと、切り離された部分にいたのではないかと思われる。時にもぎりは残酷だ。
残された4人のうち、ギターの今剛はしかし、この時すでにバンドを去っていた。コンサート企画時にはまだ在籍していたのだろう。刷られたチケットが差し替えられることはなかったわけだ。彼が弾く「マラッカ」を聴いてみたいものだった。
その日配布されたチラシの中に、パラシュートのコンサートを告知する1枚が混じっていた。HALを抜けた彼、今剛が新たに参加したグループだ。キャッチ・フレーズは「音楽はスポーツだ」。そんなことばでは全然言い表せない、もっと魅力あるグループだった。それをぼくが実際目にするのは数年後、東京、九段会館でのことである。
続いての4枚は、シン・リジィ、ウィッシュボーン・アッシュ、キャメルの来日公演、そしてピンク・フロイド、ELPらのフィルム・コンサートのチケット。

フロイドの「イン・ポンペイ」をぼくは、テレビで見て、スクリーンで見て、ビデオ買って、DVD買って、さらに買って(デレクターズ・カット版)というぐらいの惚れこみよう。当時のデイヴ・ギルモアが、ぼくの一番の憧れだった。デヴィッドといわれるとちょっとちがう。
シン・リジィは、チケットにゲイリー・ムーアが写っているのに来なかった。キャメルも、ピーター・バーデンスもリチャード・シンクレアも抜けた後。そんなんばっかりやん。ウィッシュボーン・アッシュは、ほとんど無理やり連れて行かれた。ように記憶している。

80年代末あたりから、俄然チケットが愛想ないものになる。左からオフラ・ハザ、ローリング・ストーンズ、メアリー・ブラック。MZA有明のオフラ・ハザは、音もよくて楽しかった。東京ドームのストーンズは、右と左で音に時差があって気持ち悪かった。メアリー・ブラックは小さなホールで何度も見た。
と、ここまで書いてふと思う。フリートウッド・マックもデヴィッド・ボウイもヴァン・ヘイレンも、なんでチケットが残っていないんだ? そういうものを後生大事に取っておくのがぼくだろう。どこかに紛れているのだろうか。
このシリーズは、いろいろ挟んだ後にまだ続くような気もするな。
って、なにを他人事のように。

