痛くも痒くもなくなっているので、現役時代であればとうに通うのをやめている。けれど、今や時間の都合はどうとでもなるし、いろいろ予防にもなるだろうってんで、言われるままに毎月、あるいは数か月に1度の病院通いをしている。
その日は仕事帰りに整形外科に立ち寄った。痛風発作というのを起こして以来、尿酸値を下げる薬を処方されている。すでに十分下がっているだろうと思いつつ、そこも、まー、言われるまま。医者にとって思う壺の患者だが、処方箋を手に近くの薬局に向かったところからが今回の話である。
思いがけない人と出くわしたのだ。なじみの薬局の前で。誰あろう、キン坊を抱いたレミさんだった。えー、なんでー、こんな偶然ってあんのー。実際あった。発熱、鼻水、下痢に悩まされたキン坊を診てもらった後だという。ははー、奇遇ですなー、お父さんはなんで、などと言いつつ仲よく並んでドアをくぐった。
オーナーでもなく、薬剤師でもないのにもかかわらず、最も大きな顔をした街の有名人がこの薬局では客を迎える。隣の病院で働いていた我が妻と懇意で、であるからぼくも親しくしてもらっているその人が不思議そうに見るので、ここぞとばかりに言った。娘です、と。はっはー。なんと誇らしい気持ちであることよ。
嫁です、と正確を期すレミさんの言に薬局の大御所は納得。どういう関係なのかと思ったと笑う彼女に処方箋を渡し、待つことしばし。キン坊がフルネームで呼ばれるのを初めて聞く。ひどく新鮮でもあり、不思議でもある。なにが不思議かというと。
妻はぼくと結婚して姓が変わり、息子は母の再婚、ぼくとの養子縁組によって姓が変わり、そんな息子との結婚でレミさんの姓も変わった。つまり、家族5人の中で、生まれながらに同じ姓を持つのはぼくとキン坊だけなのだ。血縁関係のないふたりが。
予期せず外で出会ったキン坊は、祖父を認識するまで少し時間を要したものの、やがてにーっと笑って見せた。洟こそ垂らしているもののまるで気にする様子もなく、ハロウィンのディスプレイを指さしては機嫌がいい。元気やん。心配ないやん。悪い病気であるはずないやん。
実際、なかった。その後わかった。ほっとした。
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スペインを舞台にしたフランス映画。にして、ミュージカルでもある「エミリア・ペレス」。妻子ある麻薬カルテルのボスが性別適合手術を受け、女性として別の人生を歩もうとする話。この春、ロードショーに行こうか一時迷っていた作品を、今になって観た。
悪くなかった。嫌いじゃない。どっちかつうと、おもしろかった。ミュージカルとしては、ちょっとアレだが。歌唱力とか。しかしながら、話がどこに転んでいくのかがまったく予測できず、飽きなかった。
が、この作品のために作られたわけでも、出演者に歌手、それもセレーナ・ゴメスがいながら彼女が歌ったわけでもない、ただ劇中カーラジオから流れていたという扱いの曲が一番の収穫だったというのは、ミュージカル作品としてどうか。いや、だから、ミュージカルとしてはちょっとアレだと言うておろうが。
というわけで、一目惚れを意味する「Amor A Primera Vista」という2019年のヒット曲。何者? つう人がいろいろ出てくる。



